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 心理師ブログ 

心理学とキェルケゴール

 デンマークの哲学者キェルケゴールは「死に至る病」の冒頭に、「精神とは何か、精神とは自己が自己自らに関係するところの関係である」と書いていた。彼は実存主義の哲学者であり、彼の問題意識の中心は自分と神との関係にのみあったのかも知れない。でも、彼においては、自己と他者との関係性はどのように措定されていたのだろうか。
 私は彼の著書を20代の頃に読みあさったが、彼が他人にどのように関わろうとしていたのかということにはまったく目が行かなかった。要するに私も人との関係を真剣に考えるよりは、ひたすら哲学をやっていたのだと思う。だが、歳も喰った今頃になって、ふとキェルケゴールは通常の人間関係をどのように考えていたのだろうと気になり始めている。もう一度、このような視点から彼の著書を読み返すべきかも知れないと思う。


 ところで、キェルケゴールは、レギーネ・オルセンという女性と恋に落ちたが、その挙げ句に彼の方から婚約破棄をした。これもよく分からない話であるが、彼は自ら日記の中に、なぜ婚約破棄をしたのかを理解する者は、「私の思想の鍵を解く者である」などと書いていたりする。一説には彼は修道院的な純血思想を実践したかったのかも知れないと言われている。でも、それも少し滑稽な話という気もする。
 またも異常な感じがするのだが、彼は婚約破棄をしておきながらも生涯レギーネ・オルセンを想い続けたというエピソードがある。若い頃はどこか純粋さを感じさせられたのだが、私もいい年をしたオッサン年齢となり、どこか青臭い話に思えたりもする。だからこそ、42歳という若い年齢で彼は亡くなってしまったのだろうか。青年という年齢は過ぎていたにせよ、どこか永遠の青年であり続けたのかも知れない。


 ところで、キェルケゴールは『不安の概念』で恐怖と不安との違いを明確に語っている。恐怖は幽霊が怖いというように、対象が存在するおそれである。ところが、不安には対象が存在しない。それにもかかわらず、怖さを感じている状態だというように彼は考えていた。彼のこの区別は、現代の精神医学や心理学においても継承されている。


 彼について思いつくままに書いてはみたが、彼はおもしろいことを日記に書き記していた。「やがて世界中の学者が、私の日記をくまなく調べる日が来るであろう」と。なかなか面白いジョークである。それを書いたところで、他人がその日記帳を開くことが無ければ、それはただの遊びとしてページの内側に潜んで終わっていくだけの話である。だから、誰でもそのように書いて楽しんでみるのも良いかも知れない。だが、本当に日記帳が人の手で開かれた時には、その言葉は「スゴイ」ということになるのである。これも彼らしいジョークであったのだろう。


 彼の著作は、人間の絶望について考察した『死に至る病』、不安について述べた『不安の概念』、人間の生き方が常に迷いで満ちていることを示した『あれかこれか』など、そのほかにもたくさんある。心理学の世界にも強く影響を与えた彼の著作が、最近はすっかり読まれなくなっているのがとても残念である。
 
 




  

 

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