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 心理師ブログ 

話し言葉と書き言葉

 考えてみると、ソクラテスは自分で本を書いたわけではない。「ソクラテスの弁明」にせよ、「メノーン」にせよ、弟子プラトンが書き残したのだ。ソクラテスは何かを書くことはzせず、問答法という実践的な対話によって哲学をしていたのである。英語ではdoing philosophyという言葉があるが、まさに「哲学をする」であり、それは哲学の本を読むことではなく、考えることであり、生きることだったのだと思う。彼は多くの人々と対話し、真理を指し示そうとした。


 そう言えば、釈尊も本を書かなかったし、イエスだって書いていない。偉い人は本なんか書かない?のかも知れない。書かなくても思想が受け継がれのだからすごい。親鸞だって、「歎異抄」だけは弟子の唯円がまとめたものだ。


 もう一つ言えることは、話言葉と書き言葉は違うということだ。話言葉はその場その場で生きた言葉である。たとえば、カウンセリングにおいて使われる言葉は生きた言葉だと思う。カウンセラーのたった一言が気づきへつながることだってある。
 それに比べて書き言葉、それは現代哲学ではエクリチュールなどと言われている。話し言葉はあたかも話し言葉以上のように思われがちである。でも、違う。本当は話し言葉の中に力のこもったものがあり、人間を動かし、変革する力が潜んでいると思う。
 そう言えば、プラトンの『パイドロス』に次のような言葉を見つけた。著者プラトンは登場人物ソクラテスにこんなことを語らせているのだ。
 「言葉というものは、ひとたび書きものにされると、どんな言葉でも、それを理解する人々のところであろうと、ぜんぜん不適当な人々のところであろうとおかまいなしに、転々とめぐり歩く、そして、ぜひ話しかけなければならない人々にだけ話かけ、そうでない人々には黙っているということができない。」
 




  

 

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