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 心理師ブログ 

主客一如     堀 剛 

「主客一如」という言葉がある。何かを知ろうとするとき、人は客体に意識を向ける。そして、観察したりする。
 本当にそれが何かを知るということは、それに関わるということでしかない。物事を理解するということは、物事に向けて自らが主体的に関わるということでしかない。

 また、ソクラテスに話を戻そう。ソクラテスは頭で考える知を否定したと思う。ソクラテスが説いた「徳」にしても、ただ理屈で理解するのではなく、それを行動として実践する時に意味を為す。だから、何かの真理を把握するということは、自らがその真理の方へと歩みだし、その真理と主体的に関わるということでしかない。
 そのとき、主体である自己は観察や把握の対象である客体と一つとなる。主客一如となる。

 キェルケゴールは『哲学的断片』の中で、ヘーゲル哲学を批判している。ヘーゲルは体系を打ち立てたが、その体系の中には、結局、人間が納まる場が存在しないとキェルケゴールは指摘している。
 真理がどこにあるのかではなく、真理はいつも人間と共にある。論理的な体系の中に真理があるのでもない。なぜなら、体系を考察しているのは人間であるから、もし体系の内側に真理が存在するとすれば、真理は体系よりも低次のものとなるし、その体系を把握している人間の理性よりも真理はなお低次のものということになる。それでは真理の意味がない。

 だが、真理は人間を超えて、かつ人間に指し示される生き方の方位なのだとすれば、人間が心理を把握する時には、真理は人間以下でも以上でもないところに措定されていなければならない。だから、真理とは生き方の方位だと思う。
 それゆえ、主客一如、自己と他が一体となるのであり、それは宇宙と自己意識の同一というように言い換えても良いと思う。真理は把握の対象ではなく、真理によって主体である自己が変えられるのだ。そして、変えられる時には主客は一如である。だから変わるのだ。

 ソクラテスについて、私が催眠療法のブログに書く理由は他でもない。ソクラテスこそ問答法によって、人間が何も知らない存在であることを暴露し、かつ、無知の知によって人間の至るべき方位を示した。彼こそカウンセラーの模範だと思う。
 ソクラテスの言う真理もまた、主客一如の系譜にあるのは言うまでもないと私は思う。







  

 

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